「このJett、動きがプロすぎないか…?」
VALORANTのランクマッチで、誰もが一度は経験するであろう理不尽な敗北。
その元凶の多くは、本来の実力よりも低いランク帯でプレイする「スマーフ」の存在です。
コミュニティの長年の悩みであったこの問題に対し、開発元であるRiot Gamesが、ついに重い腰を上げ、新たな対策を打ち出しました。
それが、スマートフォンアプリ「Riot Mobile」と連携した『多要素認証(MFA)の必須化』です。
この発表は、健全なプレイ環境を望む多くのプレイヤーにとって朗報である一方、数々の疑問も生んでいます。
- 「具体的に何が変わって、本当に効果はあるのか?」
- 「そもそもRiotは、どうやって無数のアカウントから不正を見抜いているんだ?」
- 「出張や旅行先でプレイしたら、自分まで不正を疑われてしまうのでは…?」
本記事では、この新たなアンチスマーフシステムについて、その仕組みから実効性、そして私たち一般プレイヤーが抱く素朴な疑問まで、徹底的に深掘りして解説していきます。
新たな防衛線「多要素認証(MFA)」とは何か?
まず、今回の対策の核となる「多要素認証(MFA)」について正確に理解しましょう。
これは、パスワードに加えて、スマートフォンアプリなど本人しか持っていないデバイスでの認証を要求することで、セキュリティを飛躍的に高める仕組みです。
銀行アプリやSNSなど、すでに私たちの生活の多くの場面で活用されています。
VALORANTにおけるMFA導入の要点は以下の通りです。
- 対策内容: Riotが指定した特定のアカウントに対し、PCでのログイン時に「Riot Mobile」アプリでの承認を必須とする。
- 主な目的: Riotの分析によれば、悪質なスマーフ行為の多くが「アカウントの共有」「アカウントの売買」「ブースティング(ランク上げ代行)」を通じて行われています。MFAは、こうした“アカウントの不正な流通”を物理的に断ち切ることを最大の目的としています。
- 対象アカウントと導入時期:
- フェーズ1: まず、システムが「共有アカウント」と判定したものから、北米などの特定地域で先行導入。
- フェーズ2: 次に、同地域のアセンダント以上の高ランク帯アカウントへ対象を拡大。
- フェーズ3: 日本を含むアジア太平洋(APAC)およびEU地域は、2026年に導入を予定。
私たち日本のプレイヤーがこのシステムの恩恵を受けるのは少し先になりますが、これはRiotがスマーフ問題に対して、より技術的かつ根本的な解決策に踏み出した証と言えるでしょう。
多要素認証はスマーフへの“決定打”となり得るか?
では、このMFA導入で、本当に忌まわしきスマーフは一掃されるのでしょうか。
結論から言えば、「スマーフの“ビジネスモデル”を破壊する効果は絶大だが、個人のサブアカウントはなくならない」という、二面性のある評価になります。
◎絶大な効果が期待できる領域:不正アカウント市場の崩壊
MFAが牙を剥くのは、組織的・商業的に行われる悪質な行為です。
- アカウント売買・共有への致命傷: 安価なアカウントを購入してスマーフ行為を行うプレイヤーは後を絶ちません。しかしMFA導入後、そのアカウントにログインするたびに、元の所有者(販売業者)のスマートフォンに認証が飛ぶことになります。業者が24時間体制で何百ものアカウントの認証に対応するのは現実的に不可能です。これにより、アカウント売買というビジネスモデルそのものが成り立たなくなります
- ブースティング業者への大打撃: 「プロがあなたの代わりにランクを上げます」というブースティングサービスも同様です。依頼者がプレイしない時間に業者がログインしようとしても、その都度依頼者本人のスマホ認証が必要となります。この極端な手間の発生は、業者にとっても依頼者にとっても大きな障壁となり、サービスの魅力を著しく低下させるでしょう。
このように、MFAはスマーフ行為の「供給源」となっているアンダーグラウンドな市場を経済的に締め付ける、非常に効果的な一手なのです。
△限定的な効果と残された課題
一方で、MFAが万能でないことも理解しておく必要があります。
- 個人作成のサブアカウントには無力: このシステムの対象は、あくまで「複数人で使われている」と疑われるアカウントです。プレイヤーが自分自身で正規に新しいアカウントを作成し、自分のスマートフォンでMFAを登録することに、何ら制限はありません。「友人とランク差を気にせず遊びたい」「メインでは使わないエージェントを練習したい」といった個人的な動機で作成されるサブアカウント(スマーフ)は、今後も存在し続けるでしょう。
- 高ランク帯への集中と低~中ランク帯の問題: Riotがまずアセンダント以上を対象とするのは、競技シーンの頂点における公平性を最優先するためです。しかし、コミュニティで最も不満の声が大きいのは、ゴールドやプラチナ帯に現れる、明らかに格上のプレイヤーによる「虐殺」です。今回の対策が、この最も人口の多いランク帯の問題を直接的に、かつ迅速に解決するものではない点は、課題として残ります。
そもそも、どうやって不正を特定しているのか?
「システムが“共有アカウント”だと判定する」という言葉を聞いて、多くの人が「一体どうやって?」と疑問に思うでしょう。
Riotはアンチチートシステム「Vanguard」に代表されるように、世界最高峰の不正検出技術を持っています。
その仕組みは、複数のデジタルな“指紋”を照合する、さながらデジタル科学捜査です。
- 判断材料①:IPアドレス(地理的な指紋) これは最も古典的かつ強力な指標です。「どこから接続しているか」を示すIPアドレスは、アカウントの動きを追跡する上で不可欠です。数時間のうちに東京とロサンゼルスからログインがある、といった物理的に不可能な移動は、即座に不正フラグが立ちます。システムは単一のログだけでなく、移動の速度、頻度、接続元の評判など、複合的な情報からその妥当性を判断します。
- 判断材料②:ハードウェアID (HWID)(機械的な指紋) これは「どのPCから接続しているか」を識別する、PC固有のIDです。マザーボードやCPUなど、ハードウェアの情報を組み合わせて生成されるため、「PCの指紋」とも言えます。一つのアカウントが、短期間に多数の異なるHWIDからアクセスされている場合、それは複数人で共有されているか、売買されたことを示す極めて有力な証拠となります。
- 判断材料③:プレイパターン分析(人間的な指紋) これが最も高度な分析です。AIがプレイヤー一人ひとりの「プレイスタイル」を学習し、プロファイリングしています。
- パフォーマンス指標: K/D、ヘッドショット率、平均戦闘スコアなどの急激かつ持続的な向上は、別人(特にブースター)がプレイしている兆候です。
- 行動バイオメトリクス: マウスの動かし方の癖、キー入力のタイミング、キャラクターの操作パターン、使用するスキルの精度と独創性(例: 特定の状況でしか使わないSovaのリコンボルトなど)。これらは無意識下に現れる個人の「筆跡」のようなものであり、AIはこれらのパターンが普段の所有者と一致するかどうかを常に監視しています。
Riotはこれら3つの指紋(地理的、機械的、人間的)を常に照合し、「いつもの場所で、いつものPCを使い、いつもの“癖”でプレイしているか」を判断しているのです。
旅行や出張でのプレイは、本当に安全なのか?
この高度な監視の仕組みを知ると、逆に「自分も誤ってBANされるのでは?」という不安がよぎります。
特に、ノートPCを持って旅行や出張に行くプレイヤーは多いでしょう。
結論から申し上げます。心配は一切不要です。 システムは、あなたが不正を行なっていないことを、むしろ証明してくれます。
【シナリオ:あなたが東京から北海道へ旅行し、持参したノートPCでプレイする場合】
システムが検知するデータは以下の通りです。
- IPアドレスの変化: 東京 → 北海道 へ変化。(システムは「物理的に妥当な移動」と判断)
- HWIDの変化: 変化なし。(「たまに使ってるPCだ」と判断。これが最大の安心材料)
- プレイパターンの変化: 変化なし。(「パフォーマンスも癖もいつものプレイヤー本人だ」と判断)
システムはこの情報を統合し、「所有者が、自身のPCを持って、国内を移動してプレイしている。全く問題のない正常なアクティビティである」と結論付けます。
不正と判断されるのは、これらの要素が複数、かつ矛盾して変化した場合、例えば「IPアドレスが海外に瞬間移動し、HWIDも変わり、プレイ内容が突如プロ級になった」といった、明らかに異常なケースに限られます。
まとめ
Riot Gamesが導入する多要素認証は、スマーフ問題を100%解決する魔法ではありません。
しかし、それは不正行為の“経済圏”を破壊し、最も悪質なプレイヤーを排除するための、極めて戦略的で強力な一歩です。
そして、その背後にある検知システムは、単一の情報でプレイヤーを断罪するような粗雑なものではなく、複数の文脈を読み解くことで、私たち一般プレイヤーの正当な活動を守るように設計されています。
日本での導入は2026年とまだ先ですが、この対策がVALORANTの競技環境をより公平で健全なものへと導いてくれることは間違いありません。
その日を楽しみに待ちつつ、私たち自身もフェアプレイの精神を忘れずに、日々のランクマッチに臨んでいきましょう。